伊那北高等学校同窓会_東海支部

伊那北高等学校同窓会の東海支部のコミュニティサイトです。inakita.net

役員紹介

支部長 黒河内 暎雄

昭和32年に伊那北高校を卒業して明治大学に進学し、昭和36年に中部電力に就職しました。入社以来35年間で十数回の転勤があり、その先々での体験が人生の糧となりました。印象深いのは(財)中部産業活性化センタ(現在は財団法人中部圏社会経済研究所)に出向して中部地区の異業種の方々と公私にわたり顔見知りになり見分できたことでした。若い時から日曜菜園や自己流の盆栽などをたしなみ、また寂しがり屋ですので友達付き合いのゴルフにと余生を楽しんでいます。

幹事長 木下 潔

私は、大学卒業後38年間愛知県立高校、その後7年間私立愛知高校で数学の教師をしてきました。
退職後は、趣味の野菜作り、旅行に時間を割いております。皮肉なことに子どもの頃一番嫌いな農業を趣味として40年以上も続けています。(200坪程の畑のお守は年々負担になってきています・・・・。)
旅行は旅先での新しい出会い、発見、感動の魅力があり、近年は街道を1人で歩くことに取り憑かれております。

幹事 矢崎 朱実 

高校を卒業したのは、はるかに前ですが、今でも一番に思い出すのは、入学早々の応援 歌の練習でしょうか?びっくりでした!! 帰り道は真っ暗、母が何事かと心配してい ました。
教室では、桜の花びらが、ヒラヒラ舞うのをながめ、白樺の葉が日の光でキラキラ鏡の ように揺れるのに見とれました。 現在は、現代工芸美術展に出品、日展にも入選することが出来まして、主婦作家として 、漆のパネル制作をしております。子供が大学生になった時、これからは自分の好きな ことをやりたいと色々始めましたが、いつのまにかこの様な形になっておりました。未 だにアトリエも無く、リビングでの制作ですが、立派な先生方と同じ空間に飾って頂け ますと、勉強になり励みになります。学業に興味の無かった私が、人生で一番学び、前 に向かって努力しております。
緑豊かな伊那の地に生まれ、野山を駆け回った子供時代~青春時代が私に力を与えてく れたかと、信州の自然と、両親に感謝の日々です。

幹事 木嶋 幹吾

高校に入学して間もない昭和32年5月27日、1,2年生の教室が火災で焼失、1年生は体育館を、2年生は講堂を各6教室にベニア板で仕切り、天井もない寒い教室で2年の後半まで授業を受けた日々が懐かしい。
大学卒業後、ゼネコンに入社し、東京・名古屋・大阪と移動、37歳の時に脱サラして現会社(アスク環境開発株式会社)を設立し、今年で40周年になります。
年齢も喜寿(77歳)となり、昨年、胃がんの手術を受け、何とか完治。健康に感謝しつつ、まだまだ現役で頑張って行けそうです。

幹事 唐澤 正宜

昭和49年伊那北高校生になり、活躍していた天文部とは対照的に、地味な物理部に所属し、放課後の暇なひと時、物理教室からグランドの野球部、サッカー部、ラグビー部の活動をぼんやり眺めていたことが思い出されます。
大学卒業後、長久手町(当時)にある豊田中央研究所に就職し、大気中のPM2.5の研究を30年近く続け、再雇用後はインフラと環境について調査しています。
20年ぐらい前から、異業種交流を目的に東海支部総会に参加させていただき、おおいに活躍されている先輩方に接することができ、有意義な刺激を受けてきました。しかし、課題は、20年前から昨年まで、私が参加者の中で若い方から1、2番目の状況が変わらないことです。若い現役世代の方や、これまで参加したことがない方たちに、足を運んでいただけるようにと思っています。

幹事 酒井 隆司

大学卒業後に名古屋に本社を置くメーカーに就職し、40歳の時にITベンチャーを起業しました。
その後会社のほうは解散し、現在は個人事業として経営コンサルティングや研修セミナー等を生業としています。
健康維持のためにと始めたトライアスロンも今年で7年目に突入、最近では学生のころ弾いていたギターも復活し、手軽なストレス解消になってます。この同窓会でも、一緒にジョギングでもできるような仲間ができたらいいなと思っています。